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上神谷だんじり祭 | 大阪・堺市上神谷地区のだんじり祭

だんじり

泉田中(いずみたなか)

泉田中のだんじりは、江戸末期から明治初期に新調されたと言われている擬宝珠勾欄型。堺型。
大正10年頃某町より購入。
町内では「バラバラになっていたものを買ってきて組み立てた」と聞いています。
初代で、往古は神楽を奉納していました。
上神谷では唯一、河内式曳行をしています。

◎大工: 河村新吾
◎彫師:彫又一門
≪彫物≫
大屋根懸魚=朱雀
大屋根隣懸魚=鯉
大屋根車板=青龍
大屋根枡合(妻)=牡丹に唐獅子
大屋根枡合(平)=唐獅子
大屋根虹梁(妻・平)=飛龍
柱巻き=阿吽の龍
舞台内枡合=唐獅子
舞台内間仕切り=青龍
木鼻=唐獅子・獏
脇障子=鯉の滝登り
縁葛=合戦物
勾欄合=波濤に千鳥
小屋根懸魚=布袋
小屋根隣懸魚=牡丹
小屋根車板=鯉
小屋根枡合(妻)=牡丹に唐獅子
小屋根枡合(平)=唐獅子
土呂幕(正面)=牡丹に唐獅子
土呂幕(平)=武者の彫物
土呂幕(後方)=武者の彫物
土呂幕・三枚板=武者の彫物
持ち送り=雲海、猿、獅子、武者物
幟台=獅子噛
台木=波濤に龍

平成6年に天野工務店で大修理され現在の姿に。
その後、泉谷工務店にてお世話になる。
平成27年10月18日に抜魂式を行ない、隆匠にて修復、翌平成28年2月28日に修理入魂式を行う。

片蔵(かたくら)

片蔵の現だんじりは、平成24年に岸和田市大北町より嫁いできた岸和田型地車です。
大正9年新調。
◎大工:久納久吉  久納幸三郎(購入に伴い、隆匠にて修復)
◎彫師:一元林峯  森 晴秋 (購入に伴い、賢申堂:河合申仁師にて番号持ち、台木、旗受を新調)
≪彫物≫
番号持ち=お多福
大屋根枡合=(正面)神武天皇東征伐
大屋根枡合=(右)神功皇后応神天皇平産
大屋根枡合=(左)日本武尊 野火の難
小屋根枡合=(正面)天孫降臨
小屋根枡合=(右)仁徳天皇 民の竃の煙を見る
小屋根枡合=(左)素盞鳴尊 八岐大蛇退治
松良=(右上)石川兵助討死
松良=(右下)加藤虎之助 山路将監討取り
松良=(左)安宅の関 弁慶義経懲打
縁葛=(正面)弥次喜多大井川渡り
縁葛=(右)五右衛門風呂
縁葛=(左)赤坂宿
大連子=(正面)貴田孫兵衛の討たれる
大連子=(右)小西行長の家臣 何候を討つ
大連子=(左)金 汝吻を討つ
小連子=(正面)福島市松の強力
小連子=(右)加藤虎之助 墨俣城に初出仕
小連子=(左)茶坊主に化け難を逃れる秀吉
土呂幕=(正面)加藤嘉明海峠で浅井吉兵衛討取り
土呂幕=(右)漕屋助右衛門 宿屋七左衛門討取り
土呂幕=(左)福島市松 拝郷五左衛門討取り
見送り=越前北之庄落城
旗受=見る獅子 言う獅子 聞く獅子
台木=田家の早梅
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先代は、平成3年に池内工務店にて新調された折衷型上地車です。
平成24年岸和田市大北町の地車購入に伴い、和歌山県橋本市古佐田区へ売却しました。
◎大工:池内幸一(池内工務店)
◎彫師:野原湛水  木下賢治  川原和夫
≪彫物≫
大屋根懸魚=雄略天皇 猪退治
小屋根懸魚=野見宿弥 当麻蹴速を蹴殺す
大屋根車板=鷹の猿捕り
小屋根車板=青龍
大屋根虹梁=滝川の決戦
大屋根枡合=(右)楠公子別れ 桜井の駅
小屋根枡合=(左)新田義貞 稲村ヶ崎宝剣
見送り=千早赤阪城之合戦
縁葛=忠臣蔵
土呂幕=(正面)五条大橋の出会い
土呂幕=(後方)義経八艘跳び
 平成13年大修理。
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先々代は、江戸末期から明治時代に新調されたとされる、板勾欄出人形式住吉型。
大工は、住吉大佐か。彫師は、彫又一門。
東大阪市大蓮南へ売却された。
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先々々代は、江戸末期から明治初期に大阪市住吉方面にて新調されたとされる、板勾欄出人形式住吉型。 大工は、住吉大佐か。彫師は、彫又一門。
明治20年頃に購入するが、諸事情により2年間しか曳かれず、明治30年に堺市堀上町に売却した。

釜室(かまむろ)

釜室の現だんじりは、平成7年に天野工務店にて新調された折衷型上地車です。
◎大工:天野行雄(天野工務店)
◎彫師:松並義孝
≪彫物≫
大屋根懸魚=牛若丸・弁慶 五条大橋の出会い
大屋根車板=鷲  
大屋根枡合=(右)神武天皇 東夷征伐
大屋根桝合=(左)後醍醐天皇 隠岐より還る
小屋根懸魚=鳳凰
小屋根車板=恵比寿 大国
小屋根枡合=(正面)素盞鳴尊 八岐大蛇退治
小屋根枡合=(右)村上義光 錦の御旗奪還
小屋根枡合=(左)楠公子別れ 櫻井の駅
土呂幕=(正面)木曽義仲の最期
土呂幕=(右前方)為朝 軍船を射る
土呂幕=(右後方)那須与一 扇の的
土呂幕=(左前方)敦盛呼び戻す 熊谷次郎直実
土呂幕=(左後方)能登守教経の最期
土呂幕=(後ろ)平景清 錣曳き
見送り=灘波戦記
平成15年に北本工務店にて修理を行いました。
平成27年に隆匠にて修理を行いました。
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先代は、明治29年以前に製作されたとされる、幕式大阪型。
大正時代に購入された。
◎大工:住吉大佐
◎彫師:小松一門
東大阪市若江西部に売却された。
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先々代は、明治初期に新調。大工・彫師は不明。
大正4年か5年に堺市深井清水町に売却した。

栂(とが)

栂の現だんじりは、平成23年に岸和田市中井町より嫁いできた岸和田型地車です。
昭和9年新調。
◎大 工:植山宗一郎
◎彫 師:木下舜次郎
 ≪彫り物≫
鬼板=桜の彫物
大屋根枡合=(正面)天の岩戸
大屋根枡合=(右)素盞鳴尊 八岐大蛇退治
大屋根枡合=(左)後醍醐天皇隠岐より帰る
小屋根枡合=(正面)本能寺の変
小屋根枡合=(右) 村上義光錦御旗奪還
小屋根枡合=(左) 義経八艘飛び  腰廻り
番号持ち:勧進帳を読む弁慶
松良=義経記
 (右) 牛若丸 鞍馬山修行の場
 (左) 安宅の関 弁慶義経懲打
縁葛=灘波戦記
 (正面)木村長門守の勇戦
 (左)真田大助の勇戦
大連子=大江山鬼退治
 (正面)酒盛りの場
 (右)頼光の木渡り
 (左)大江山大血戦
小連子=忠臣蔵
 (正面)両国橋の引揚げ 服部彦七の温情
 (右)内蔵助の勇姿
 (左)清水一学の奮戦
土呂幕=(正面)秀吉本陣佐久間の乱入
土呂幕=(右)福島市松 拝郷五左衛門討取り
土呂幕=(左)加藤清正の勇戦
見送=大坂夏の陣
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先代は、昭和61年に岸和田市吉井町より購入された岸和田型地車です。
明治10年代に岸和田市池尻町にて新調されました。
 先代時の曳行休止から18年ぶりの復活をしました。
◎大工:絹井嘉七
◎彫師:安田卯ノ丸
≪彫物≫
大屋根枡合=?  土呂幕=?  見送り=?
◎平成22年10月24日(日)、昇魂式。24年間曳行され、堺市東区日置荘西町東部自治会へ嫁がれました。
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先々代は、明治初期に新調された岸和田型地車。
大工は、不明。
彫師は、高松一門と考えられている。
現地車購入時に池内工務店に下取りされ、泉大津市助松町の子供地車として曳行。
その後、平成20年、堺市上野芝向ヶ丘町が購入。

豊田(とよだ)

豊田の現だんじりは、昭和62年に新調入魂、昭和63年に完全完成された岸和田型地車です。
平成17年祭礼終了後、隆匠にて大改修を行い、翌18年9月入魂式を行いました。
新調時は、二重破風入母屋造りの大屋根でしたが、大改修で入母屋造りへと変更されました。
◎大工=吉野為雄(吉為工務店)
◎彫師=筒井一門  木下頼定
≪彫物≫
■大屋根廻り≪軒唐破風、カチコミ垂木≫右左は正面より向かって
鬼板=(正後)雲に抱き稲「豊」
懸魚=(正)波濤に朝日
懸魚=(後)波濤
隅木=(四方)「豊」の文字 唐草模様地彫
隅木受=(四方)籠宮
飛檐垂木=「豊」の文字 唐草模様地彫
車板=(正)龍
車板=(後)雲
小屋虹梁=(正後)両端菊花唐草地彫
枡組=(七段)獅子・龍・こぶし・牡丹・菊・松・竹・梅
隅出す=(右左前後)花鳥  横槌=松・竹・梅
枡合=(正)牛若・弁慶 五条大橋の出会い
枡合=(右)義経八艘飛
枡合=(左)安宅の関 弁慶・義経徴打
枡合=(後)義経
虹梁=(三方)波濤
木鼻=唐獅子
 ■腰廻り
勾欄合=(三方)波濤に千鳥
縁板=(三方上下)花菱地彫
縁隅木=(右左)「豊田」の文字 唐草模様地彫
松良=(右)火渡り勧進帳
松良=(左)勧進帳
縁葛(富士の巻狩)
 (正)頼朝本陣褒賞の場
 (右)勢子等の活躍
 (左)仁田四郎忠常猪退治
大連子(賤ケ岳七本槍)
 (正)加藤清正
 (右)福島市松正則 拝郷五左衛門討取
 (左)加藤孫六嘉明 浅井吉兵衛討取
小連子(忠臣蔵)
 (正)義士両国橋引き上げ
 (右)吉良邸討ち入り
 (左)清水一学吉良屋敷泉水架橋に奮戦す
土呂幕=(正)木村重成
土呂幕=(右)真田幸村
土呂幕=(左)岡野左内、伊達政宗
水板=(三方)波濤に千鳥
松良受=(右左)こぶし
脇障子竹ノ節=(右左)唐草模様地彫[上] 菊[下]
脇障子兜桁=(右左)抱き稲「豊」 唐草模様地彫
脇障子柱=(右左)紫檀材唐草模様イセゴミ
脇障子受=(右左)こぶし
犬勾欄=(前腰廻)唐草
 ■小屋根廻り≪軒唐破風、カチコミ垂木≫
鬼板=雲に抱き稲「豊」
懸魚=波濤に千鳥と浦島太郎
隅木=(右左)「豊」の文字 唐草模様地彫
隅木受=(右左)籠宮
化粧垂木=「豊」の文字 唐草模様地彫
車板=雲に鳥
桁鼻=(右左)獏
小屋虹梁=(右左)両端菊花唐草地彫
枡組=(六段)獅子・龍・こぶし・牡丹・菊・松・竹・梅
隅出す=(右左)花鳥
横槌=松・竹・梅
台輪=(三方)紫檀材唐草模様イセゴミ
■見送り廻り
見送り虹梁=(正)夫婦岩
見送り虹梁=(右左)鳳凰
大脇物見=(右左)獅子
脇障子物見=(右左)牡丹
大脇竹ノ節=(右左)うさぎ
木鼻=(右左)牡丹
大脇兜桁=(右左)抱き稲「豊」 唐草模様地彫
摺り出し鼻=(右左)大坂夏の陣(織差よりこぶし)
枡合=(正)楠公父子 桜井駅の決別
枡合=(右)天莫空勾践 時非無笵蠡 児島高徳
枡合=(左)新田義貞、稲村ケ崎海神に祈る
見送り=大坂夏の陣
脇障子=大坂夏の陣
大脇=大坂夏の陣
天井=雲
犬勾欄=(一対三方)唐草
■後腰廻り
縁板=(三方)花菱地彫[上] 無地[下]
縁隅木=(右左)「豊田」の文字 唐草模様地彫
縁葛=(三方)牡丹に二匹の唐獅子
後連子=(正面)小六との出会い
後連子=(右)日吉丸誕生
後連子=(左)蜂須賀小六正勝
半松良=(右左)松
水板=(三方)波濤に千鳥
幟台=牡丹
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先代は、江戸時代末期から明治時代初期に新調されたと考えられている大阪型地車。
信太山にあった野砲第四連隊が日露戦争勝利奉祝のためにだんじりを造り、三年間曳かれたあと、近隣の町に払い下げられ、それから泉南の方の町から大正10年頃購入しました。
現だんじり新調に伴い、吉為工務店にて下取りされた。その後、兵庫県尼崎市新三和へ。
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先々代は、大正初期に地車小屋が壊れ、野ざらしになったため自然消滅しました。

休止・廃絶だんじり

(休  止)
【三木閉(みきとじ)】
昭和35、6年ころより休止。江戸末期から明治初期に製作されたものと思われている。
大工は銘板に細工人"住吉大佐"とあるが、「大佐請取帳」には記載なし。彫師は、西岡弥三郎?、彫又一門。板匂欄は「加藤清正虎退治」、見送り正面が「漢の高祖の龍退治」、左が「獅子退治ほか」、右が「鯉退治」。住吉型(板匂欄出人形型式)。

 (廃  絶)
【逆瀬川(さかせがわ)】
桜井神社に合祀したため、唯一の村の入り口であった奥谷池の下にあった橋ではだんじりが通れなかったため、宮入はしなかった。村人が「俄芝居を奉納していたが、大正末期に大阪狭山市の山伏に売却。
【富蔵(とみくら)】
明治後期に千早の谷底に落ちていただんじりを大工の秀やんが購入。4、5年は曳くが道が狭いことや喧嘩をするなどと言った理由で、大正期に貝塚市王子に売却した。
【畑(はた)】
だんじりはあったが、鎮守の八幡神社が桜井神社に合祀したため、遠距離で道が狭いなどの理由により大正末期に大阪狭山市方面に売却したとされている。

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